Elastic Securityで検知ルールを有効にしたあと、こんな不安を感じたことはないでしょうか。
ルールはたくさん動いている。でも、これで本当に守れているのだろうか。
ルール一覧では、それぞれのルールを個別に確認できます。しかし、ルール全体が攻撃者のどのような行動を対象にしているのかを、ひと目で把握するのは簡単ではありません。
ここで使う道具が、MITRE ATT&CKです。Elastic Securityには、検知ルールをATT&CKという地図の上に並べて見せる「MITRE ATT&CK coverage」という画面があります。
この記事で扱うのは、次の内容です。
- MITRE ATT&CKとは何か
- Tactic、Technique、Sub-techniqueの違い
- ATT&CK Matrixは攻撃の順番表ではないこと
- Elastic Securityの検知ルールとATT&CKの関係
- coverage画面の読み方
- 画面の色が意味すること、意味しないこと
MITRE ATT&CKとは何か
MITRE ATT&CKは、実際の攻撃で観測された攻撃者の行動を整理したナレッジベースです。一言でいうと、攻撃者が何を目的に、どのような方法を使うのかをまとめた共通の地図です。
なぜ共通の地図が必要なのでしょうか。製品や組織が違うと、同じ攻撃を別の言葉で説明してしまうからです。ある製品は「不正ログイン」と呼び、別の製品は「アカウント悪用」と呼びます。話しているうちに、同じ話をしているのか違う話をしているのか分からなくなります。
ATT&CKを使うと、製品に依存しない共通の言葉で話せます。
攻撃者は、盗んだクラウドアカウントを使って環境へ侵入した。これは T1078.004: Cloud Accounts に関係する。
この T1078.004 のような番号をATT&CK IDと呼びます。IDを使えば、チームや製品をまたいでも、同じ攻撃手法について正確に話せます。
なお、ATT&CKにはEnterprise、Mobile、ICS(Industrial Control Systems:工場などの産業制御システム)などの分野があります。この記事で扱うのは、企業のIT環境やクラウド環境を対象にしたEnterprise ATT&CKです。
ATT&CKが並べているのは「行動」
ATT&CKが整理している中心的な対象は、特定のハッシュ値やIPアドレスではなく、攻撃者が行った行動です。
補足として、攻撃者に行動そのものを変えさせるほうが、IPアドレスやハッシュ値を変更させるより難しい、という考え方があります。
Tactic、Technique、Sub-technique
ATT&CKには階層があります。最初は、次の3つだけ覚えれば十分です。
| 階層 | 階層 | 例 |
|---|---|---|
| Tactic(タクティクス) | 攻撃者が達成したい目的。「なぜ行うか」 | Initial Access |
| Technique(テクニック) | 目的を達成するための方法。「どうやるか」 | T1078: Valid Accounts |
| Sub-technique(サブテクニック) | Techniqueをさらに具体化した方法 | T1078.004: Cloud Accounts |
具体例で見てみます。攻撃者が、盗んだクラウドアカウントを使って環境へ侵入したとします。
- 目的:環境へ侵入する → Initial Access
- 方法:正規のアカウントを悪用する → T1078: Valid Accounts
- 具体的な対象:クラウドアカウント → T1078.004: Cloud Accounts
TacticはWhy、TechniqueはHow、Sub-techniqueはもっと具体的なHowだと考えると、区別しやすくなります。
ATT&CK Matrixは順番表ではない
ATT&CK Matrixは、列がTacticになった表です。左から Reconnaissance、Resource Development、Initial Access と並ぶため、攻撃が左から右へ順番に進むように見えます。しかし、実際の攻撃はその順番では進みません。
- 一部の段階を飛ばす
- 前の段階へ戻る
- 同じTechniqueを別の目的で使う
- 1つのTechniqueが複数のTacticに関係する
例えば T1078: Valid Accounts は、侵入の入口としてのInitial Access、居座るためのPersistence、権限を上げるためのPrivilege Escalationなど、複数のTacticに関係します。同じ「正規アカウントの悪用」でも、攻撃者の目的が違えば置かれる列が変わるということです。
そのためMatrixは、攻撃の決まった手順書ではありません。攻撃者の行動を分類して並べた地図として読むのが適切です。
なぜElastic SecurityでATT&CKを使うのか
理由は、ルール一覧では見えにくいものが見えるようになるからです。ルール一覧はルールを1件ずつ確認する画面です。ATT&CKを使うと、同じルールを攻撃者の行動という軸で並べ替えられます。
セキュリティ運用では、次のような目的で使います。
- 現在の検知ルールが、どの攻撃手法を対象にしているか確認する
- 監視できていない領域を見つける
- 次に収集するログや、追加する検知を検討する
ここで大事なのは、ATT&CKが「すべてのマスを埋めるための表」ではないことです。自社に関係する攻撃手法を選び、そこに必要なログ、検知、予防策を考えます。ATT&CKは、そのために使う道具です。
Elastic SecurityのルールとATT&CKの関係
Elastic Securityの検知ルールには、Threatメタデータを設定できます。これは、そのルールがどのTactic、Technique、Sub-techniqueに関係するかを示す情報です。

- prebuilt rule(Elasticが提供する既製ルール)には、あらかじめATT&CKマッピングが設定されている
- Custom rule(自組織で作成したルール)には、作成・編集時にAdvanced settingsからマッピングを追加できる
例えば、次の行動を検知するルールがあるとします。
PowerShellを使って、Base64でエンコードされたコマンドを実行する。
このルールには、実際の検知条件(クエリ)だけでなく、関連するATT&CKのTacticやTechniqueも設定されています。Elastic Securityはこのマッピングを読み取り、各ルールをATT&CK Matrix上へ配置します。これが、coverage画面のしくみです。
coverage画面の読み方
Kibanaで次の画面を開きます。ナビゲーションメニューから探すほか、グローバル検索で「MITRE」と入力しても見つかります。
Security >> Detection rules (SIEM) >> MITRE ATT&CK coverage
画面は、大きく4つのパートに分かれています。
- フィルター:どのルールを集計に含めるかを決める
- 検索バー:Tactic名、Technique名、Technique番号、ルール名で絞り込む
- Legend:セルの色が何件のルールを表すかを示す凡例
- グリッド:Tacticの列と、Techniqueのセルが並ぶ本体




基本的な読み方は次のとおりです。
- 列:Tactic
- セル:Technique
- セルの濃さ:現在のフィルター条件に一致し、そのTechniqueへマッピングされたルールの数
濃いセルには、条件に一致するルールが多くあります。白いセルには、条件に一致するルールがありません。色の基準は画面上部のLegendで確認できます。

セルには、Technique名と、有効なルールがカバーするSub-techniqueの数が表示されます。Expand cellsを選ぶと、有効なルール数と未有効(Not enabled)のルール数も表示されます。セルをクリックすると、関連するルールやTechniqueの詳細を確認できます。
表示されないルールもある
coverage画面に表示されるのは、次の条件を満たすルールだけです。
- 現在のKibana Space(Kibanaの中で設定を分離できる作業領域)にインストールされている
- ATT&CKへマッピングされている
- 画面のフィルター条件に一致している
したがって、まだインストールしていないprebuilt ruleや、ATT&CKマッピングを設定していないCustom ruleは表示されません。
なお、coverage画面が参照するATT&CKのバージョンは、Elastic Securityのバージョンによって決まります。MITRE公式サイトとKibanaでTactic名が違って見える場合は、この差が原因です。表示不具合ではありません。
色が意味すること、意味しないこと
ここが、この記事でいちばん伝えたい点です。冒頭の不安に戻ります。「セルに色が付いていれば安全なのか」。答えは、いいえです。
coverage画面は、ルールのATT&CKメタデータを使った配置図です。色が付いていても、次のことは何も証明されません。
- 必要なログが実際に届いている
- ルールが正常に動いている
- その攻撃を確実に検知できる
- 誤検知が少ない
- Technique全体を網羅している
- 自組織が安全である
例を挙げます。Windowsのログを必要とするルールをインストールして有効にすれば、対応するセルには色が付きます。しかし、その環境にWindowsログを取り込んでいなければ話は変わります。セルは色付きのままですが、必要なWindowsログが届いていないため、そのルールは期待したアラートを生成できません。
coverage画面から直接分かる中心的な情報は、次のとおりです。
「インストール済みのルールが、ATT&CK Matrixのどのセルに置かれているか。」
言い換えると、coverage画面が答えているのは「このルールは何を狙った検知か」という分類の問いです。「このルールは今ちゃんと動いているか」という実効性の問いには答えません。
反対側も同じです。白いセルは「現在の条件では、そのTechniqueへマッピングされた表示対象のルールがない」ことを示すだけです。ただちにセキュリティ上の欠陥を意味するものではありません。
例:Valid Accountsのセルに色が付いていても
Techniqueは大きな分類です。そのため、同じTechniqueへマッピングされた複数のルールが、同じ攻撃を監視しているとは限りません。
T1078: Valid Accounts は、攻撃者が正規のアカウントを悪用するTechniqueです。ただし、正規アカウントの悪用にはさまざまな形があります。
- Windowsアカウントで端末へログインする
- VPNアカウントで社内ネットワークへ接続する
- AWS IAMユーザーでコンソールへログインする
- Microsoft 365アカウントでメールへアクセスする
これらはすべてValid Accountsに関係します。ただし、必要なログも検知条件もまったく異なります。
自組織が心配している攻撃を、次のように想定します。
→ 海外の不審なIPアドレスから、Microsoft 365の管理者アカウントへログインされる。
一方、coverage画面で「Potential Account Takeover – Logon from New Source IP」というルールを見つけたとします。おおまかにいうと、このルールはWindows Security Event Logの成功ログオンを調べ、同じユーザーが普段とは別の送信元IPからログオンしたパターンを探します。
どちらもValid Accountsに関係します。しかし、監視している対象は違います。
| 確認項目 | 自組織が心配する攻撃 | 見つけたルール |
|---|---|---|
| 対象 | Microsoft 365の管理者アカウント | Windowsアカウント |
| 必要なログ | Entra ID(旧Azure AD)などのサインインログ | Windows Security Event Log |
| 結論 | クラウド用の検知が必要 | Microsoft 365へのクラウドサインインは監視できない |
このルールをインストールして有効にすると、coverage画面のValid Accountsセルには色が付きます。
しかし、心配していたクラウドアカウントへの攻撃は監視できていません。このルールが見ているのは、Microsoft 365やEntra IDへのクラウドサインインではなく、Windows Security Event Logに記録されたログオンだからです。
そのためATT&CK IDは、関連するルールを探すための入口として使います。最終的な判断は、そのルールがどのログを読むか、どのプラットフォーム向けか、どの行動を怪しいと判断するかを見て行います。
補足:AIシステムの脅威にはMITRE ATLASも使われる
MITRE ATLASは、AIや機械学習システムを狙う攻撃者の行動を整理したナレッジベースです。ATT&CKと同じように、攻撃者の目的や手法をTacticとTechniqueで整理しています。扱うのは、モデルの窃取、プロンプトインジェクション、モデルへの不正な操作など、AIシステム特有の脅威です。
Elastic Securityのprebuilt ruleには、ATLASに関連付けられたルールもあります。例えば「Potential Azure OpenAI Model Theft」というルールには Mitre Atlas: T0044 というタグが設定されています。このルールは、Azure OpenAIのモデルが不正に取得・複製される可能性のある操作を監視します。
ATT&CKとATLASの両方に関係するルールもあります。外部ネットワークからOllama APIへ接続されたことを検知するルールには、次の情報が設定されています。
- MITRE ATT&CK:Initial Access、External Remote Services、Exploit Public-Facing Application
- MITRE ATLAS:T0040、T0044
AIシステムへの攻撃であっても、外部公開されたサービスへの侵入という従来のサイバー攻撃と、モデル窃取というAI固有の脅威が重なる場合があるためです。
Add Elastic rules画面でTagsを開き、atlas と検索すると、ATLASに関連するルールを絞り込めます。
まとめ
MITRE ATT&CKの基本
- ATT&CKは、攻撃者の行動を共通の言葉で整理した地図である
- TacticはWhy、TechniqueはHow、Sub-techniqueはその具体化を表す
- Matrixは順番表ではない。1つのTechniqueが複数のTacticに関係する
Elastic Securityのcoverage画面
- Elastic Securityは、検知ルールのThreatメタデータを読み、ルールをMatrix上へ配置する
- セルの濃さは、現在の条件に一致するルール数を示す
- 色が付いていても、必要なログの有無や検知の実効性は保証されない
- 白いセルは、現在の条件で表示対象のルールがないことを示すにすぎない
- 同じTechniqueでも、対象プラットフォームや必要なログは違う
冒頭の不安に、あらためて答えます。coverage画面は、守れているかどうかを判定してくれる画面ではありません。「うちの検知は、攻撃者のどのような行動を見ているのか」を共通の言葉で並べてくれる画面です。
まずは、この読み方に慣れることから始めてみてください。読めるようになると、次の一歩、つまりルールを有効にする手順や、白いセルを見つけたあとの確認へ進めます。
参考資料
本記事は、以下の公式ドキュメントに基づいています。
Elastic公式ドキュメント
- MITRE ATT&CK coverage https://www.elastic.co/docs/solutions/security/detect-and-alert/mitre-attack-coverage
- Prebuilt rule components https://www.elastic.co/docs/solutions/security/detect-and-alert/prebuilt-rule-components
- Install and manage Elastic prebuilt rules https://www.elastic.co/docs/solutions/security/detect-and-alert/install-prebuilt-rules
MITRE
- MITRE ATT&CK 公式サイト https://attack.mitre.org/
- Enterprise Tactics https://attack.mitre.org/tactics/enterprise/
- Enterprise Techniques https://attack.mitre.org/techniques/enterprise/
- T1078: Valid Accounts https://attack.mitre.org/techniques/T1078/
- MITRE ATLAS https://atlas.mitre.org/
関連内容
- The Pyramid of Pain(David J. Bianco, 2013) https://detect-respond.blogspot.com/2013/03/the-pyramid-of-pain.html

